あままこのブログ

役に立たないことだけを書く。

とあるクズが年をとるということ

【告知】2013/3/30の午後3時から、id:TM2501さんなどを招いてUstで座談会を中継します

皆様のご視聴・コメントお待ちしております!詳細は今月の30日にTM2501さんなどを招いてUst中継をやります - 斜め上から目線を御覧ください!

35病なんてものがはてな匿名ダイアリーで提示され、話題になっているようです。
35病
なんか色々「ビョーキ」を作りたがるSPA!みたいな芸風だなぁ*1と思いながらも、この記事を読んで思ったことをつぶやいていたら、togetterにまとめられていました。
35病から考えるいい年の取り方 - Togetter
今回の記事では、では自分にとって年をとることがどんな風に想像されているかということをなんとなく語ってみたいと思います。

現在の状況

まず。現在の自分の状況。
まー、実はこのブログはヴァーチャルネットアイドルである天原誠が運営していて、天原誠はバーチャルネットアイドルだから年を取らず永遠に15歳なのですが、そういうしょっぱい裏設定を無視して中の人の本当の年齢を語るなら、1987年生まれの25歳です。四捨五入すれば30歳です。
ちなみに、この年齢を「アイドルマスター」で考えると、散々「B○A」とか言われる三浦あずささんが21歳ですから、あずささんより4歳も年上であり、モバマスで同い年のアイドルは服部瞳子さんだったり、木場真奈美さんだったり、高垣楓さんだったり、相馬夏美さんだったりします。高垣楓さんと同い年っていうのは嬉しいなー。一緒に日本酒飲みたい。
そして自分より年上のアイドルというともうほとんどクールの独壇場であったり、和久井留美さんやら三船美優さんやら川島瑞樹さんやらそうそうたる顔ぶれが揃います。そしてもちろん僕はクールPなのでこのリストはそのままフロントメンバーのリストでもあるわけです。和久井さん愛が重いよ和久井さん(五七五)。
そして、そんなそうそうたる顔ぶれが待ち受ける年齢に突入した現在の僕の状況はといえば!……まぁその……なんだ……色々人生紆余曲折ありまして、現在極めて自由な身分ということになっております。例えるならゲゲゲの鬼太郎のオープニング曲みたいな感じです。「朝は寝床でぐーぐーぐー」であり、「夜は墓場で運動会」という感じです。どういう意味かは想像にお任せします。お仕事ください……
これ、ヴィレバンで陳列されてたっていうのがまたちょっとイラッと来るよね
というわけで、普通の人よりはスローライフな感じで歳を重ねているわけですが、しかしスローな感じなのに年齢だけはどんどん加齢していくわけです。そして、この薄っぺらい人生経験の中でも、年齢を重ねていくことによって気づいたことも結構あったりします。

1.「きっと何者にもなれない」とまではいかなくても、自分の可能性の限界を知る

はい。まぁ、これは、気づくのが速いか遅いかの違いはあるでしようし、そういう点で言うと僕は極めて気づくのが遅かったりするのですが、まぁ色々自分の人生の可能性があることは気づいちゃうわけです。空から女の子は降ってこないし、家で引きこもってたらいきなり岬ちゃんのような女の子が尋ねては来ないし、世界が滅亡してかわいい女の子と二人きりになるなんてことはないし、まともに作品を書いたりしてはいないのに急にクリエイターとしてちやほやされるなんてことは起きません。
そして、その限界の中で一番重要で、そして一番きついのが「頑張ることの限界を知る」ことなんじゃないかなーと思ったりします。人間、頑張れば確かに大抵のことはできます。しかし、「頑張る」という事自体が才能であることに気づくのです。そしてその才能の優劣は人によって大きく異なっているのですが、その限界は、頑張りを重ねすぎたことによる破綻によって、始めて分かるのです。そして、下手に早熟で「頑張らなくてもある程度こなせてしまう」と、その限界を知るのが遅くなって、結構ヤバイです。適当に人生を進めていって、頑張りが必要になった時にちょっと頑張ってすぐ破綻してしまい、自分に頑張りの才能、というか頑張りに対するキャパシティがほぼないと気づいた時の絶望。「頑張ればなんとかなるだろー」と思ってた全ての目標がガラガラと崩れ去っていくのです。そして僕は未だに、自分の身の丈にあった願望や目標を見つけられません……

2.身体は衰えていく(とくに不健康な生活を送っていると)

身体の衰えってもっと年老いてからくるものだと思ってたんですが、不健康で堕落した生活をしているとどうやら20代後半からくるみたいです……昔は24時間ぶっ通しで起きているとか結構出来たのに、今はもうほぼ無理です。無理やり起きていても頭が全く働きません。そしてすぐ疲れます。読書とかも、昔は5時間ぶっ通しで読んでハードカバーを一冊消費するとか簡単だったのに、今は1時間読んだら1時間休憩を入れたりしないと集中力が持ちません。ちょっと歩くとすぐ疲れて座りたくなるし、夕方になると立っていることすらキツくなります。そうなってくると、外出も億劫になって家に引きこもれがちになり、しかしそうすることによって更に体が衰えていく……まさに悪循環です。

3.メンタルも衰えて、すぐ憂鬱になる

そして身体の衰えは当然心にも影響を与えていきます。まぁ、それ以前にこの、学生生活を送っている限りはそこから逃げられた「自由な身分」こそが一番の原因になるわけですが、もうとにかく毎日毎日憂鬱で仕方なくなります。お金もないし将来の見通しも立たない。なのに奨学金の借金だけは山ほどある。そういう状況を何とかするために頑張ろうとできるかといえば、それも無理。ただひたすらtwitterやらに「憂鬱だ」とポストする機械と成り果てます。ただ別に死にたくなったりすることはあんまりないし、お金とか時間を浪費して好きなことやっている時は割とそんなことは正しいんで、うつ病とかそういうのではないそうです。あえて言うならば「心の体質として憂鬱にでなりやすい」とでも言えばいいんでしょう。ただ、学生時代はその憂鬱さをいちいち気にする暇はなかったのが、自由になって暇ができたことにより憂鬱さを直視してしまい、その憂鬱さが更に慢性化していくと、そんな感じです。

4.「夢」がなくなって、ただひたすら老人みたいにのんびり暮らしたくなる

岡崎京子のマンガに、ワカモノとオトナをすっ飛ばして老人になりたいとかのたまう少年が主人公の短編漫画がありました。若く、また地方で悶々としていて、それでいて夢はいっぱいあったころの僕はそれを読んで「けっ、東京モンはかっこつけやがって」とか思っていたんですが、今になるとあの少年の気持ちが分かっちゃうんですよ。なんかもう、若く夢を追いかけたり、女の子に好かれたいとかいう気持ちがどんどん減退していき、「何もしていない時間」が一番の幸せになったりするわけです。若いころはとにかく空き時間があると何かをしてなきゃ落ち着かなかったのが、この歳になるとちょっとの空き時間だと「まぁぼーっとしているか」という感じになりがち。これ、中年になって地位も安泰になり円熟してきた頃にそうなれば「あの人は落ち着きがあるなぁ」と高評価を受けるのでしょうが、25というとまだまだ若く、何も手に入れてない年齢だと、もうほんとただ怠けてるだけという評価になりますし、事実そういう非生産的な時間がどんどん積み重なって、同世代との差もまた開いていくわけです。

5.でもまぁ、わりと低水準で人生に満足していく

と、ここまで色々ネガティブなことを書いてきましたが、じゃあそんなネガティブなことが溜まって人生に絶望していくかというと、そんなことはないんです。というか若いときのほうがむしろ「成功か死か」みたいな感じで追い詰められている感はありました。ところが、25になって色々自分のクズさを自覚し、そんな「成功」なんてものが自分に全く縁遠いことがわかってくると、「とりあえず明日生きてればそれでいいや」という風に考える様になるわけです。10年後は知らないし、どうやらやばそうで不安だなーとは思ったりするんですが、でも夕飯に自分で作った、大してうまくはないけど自分が作ったからまぁ納得がいくようなパスタを食べていると、「まぁどうでもいっか」となってしまう。それはある意味では低水準で色々なことに満足してしまうということであり、しかもその低水準は低水準だからこそ、どう考えても持続不可能なライフスタイルで、早晩に行き詰まることは明白なんですが、それでもまぁ今はとりあえず飯も食べられているしインターネットもできるしマンガも読めるからまぁいっかーという感じで、憂鬱だけどでも満足していく、そんな感じが、年をとるごとに自分には身についていきました。

まとめ

これ別に歳取るとか関係なく、ただ堕落していっているだけだな……

【告知】

そんな堕落したあままこが、なぜかエネルギッシュさギラギラなid:TM2501氏らと座談会を開くことになりました。日時は2013/3/30の午後三時から。皆様のご視聴・コメントお待ちしております!詳細は今月の30日にTM2501さんなどを招いてUst中継をやります - 斜め上から目線を御覧ください!

*1:でも割とそういうの好き