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あままこのブログ

役に立たないことだけを書く。

眠れる森の王子さま

小説

朝日新聞デジタル:夢の内容解読に成功 睡眠中の脳活動から 京都の研究所 - テック&サイエンス

 【瀬川茂子】睡眠中の脳の活動パターンから、見ている夢の内容の一部を解読することに、ATR脳情報研究所(京都府精華町)の神谷(かみたに)之康・神経情報学研究室長らが成功した。5日付米科学誌サイエンスに発表する。夢を見る意味や仕組みの解明に役立つ可能性がある。
 3人の協力者に眠ってもらい、機能的磁気共鳴画像(fMRI)を使って夢を見ている際に脳のどの場所が働いているかを調べた。脳波を測定して夢を見ていると判断した時に起こし、どんな夢を見ているのかを報告させることを200回以上繰り返した。「車」「本」などの単語が夢に出た場合、それぞれの脳の活動パターンを分析した。
 次に、その単語の画像を協力者に見てもらい、fMRIで計測。脳活動のパターンを調べ、どんな画像を見ているかをコンピューターで推定するプログラムを作った。
 さらに、このプログラムを使って「車」「本」など計60種類が夢に現れたかどうかをチェックしたところ、いずれも偶然正解する確率より高く、うち15種類では7割以上推定できた。
 「夢だけでなく、想像や幻覚を解読できる可能性もある。心理状態の可視化や精神疾患の診断などに応用できるかもしれない」と神谷さんは話している。

最近、俺はよく幻聴を聞く。
幻聴の中身はごくごくありふれたものだ。「お前は集団ストーカー*1によって24時間監視され、嫌がらせされている。お前がいつも弁当を買うコンビニの店員も集団ストーカーの一味だ。あいつがいつも俺のことを鼻で笑いながら接客したり、箸を何回も何回も入れ忘れたりするのは、まさにその嫌がらせだ」とか「お前が見ている世界は現実の世界ではない。全ては仕組まれている」とか、そんなごくありふれた幻聴だ。
そしてまた俺は、最近良く自分の周りの人間が俺の悪口をずっと言っているのではないかという、被害妄想も抱いている。大学で授業を受けていたり、休み時間に食堂で昼食を食べていたりすると、いつも周りがひそひそ話をしていて、そこでは俺のことを「臭いから近付かないで欲しいよねー」とか言われているような、そんな妄想を抱く。
監視妄想と被害妄想。全く、なんとありふれた妄想だろうなと、妄想を抱いている自分ですら苦笑してしまう。なるほど、確かに精神病の症状の類型っていうのはごくありふれたものだ。こんなもの小説の種にすりゃならしない。

*

「そういう風に『自分は病気だ。病気だからこんな妄想を抱くんだ』という病識を抱いているうちは、まだ軽症なんですよ。そういう病識をなくして、自分の妄想を本物だと信じこんでしまうといよいよ危ないんですがね。」と、通院している精神科の医師の女性は言う。
もちろん、そうやって精神科で医師から話を聞いている内も、どんどん幻聴は聞こえてくる。「騙されるんじゃない!こいつもあの集団ストーカーの一味だ。おまえが集団ストーカーに気づいたことを妄想と思い込ませることによって、自分達の存在を隠し、嫌がらせを続けようとしているんだ。気づいて!」*2と。
でもたしかに俺はそれを幻聴だと知っているので耳を貸さない。俺は、こういう病気にかかる前から色々精神病のことをちょっと調べてきたからな。自分っていうものがいかに信用できないものかっていうことは知っている。こういう風に心を病んでしまっている時は、とにかく医師みたいな専門家に頼ることが一番なのだ。
そして、その日の診察で俺はいつも通り、自分が聞いた幻聴を話し、医師から「それは妄想ですよ。大体集団ストーカーなんてそんなコストの高いことをなんであなたのような何の変哲もない人間にやらなきゃいけないんですか。」という、至極道理に叶った説明を聞いて安心する。毎回毎回いつもおなじ診察なのだが、これをやってもらうことが意外と安心するのだ。
例え自分一人がそれを妄想だと分かっていても、それを自分一人で抱え込んでいるとやっぱり辛くて、どこかで妄想が真実なんじゃないかと錯覚してしまいそうになる。
そこで医師に打ち明け、きちんと道理にかなった説明を聞くことにより、「ああこれは妄想なんだな。現実じゃないんだな」と納得できるのだ。
ただ、そういうカウンセリングと並行して行なっている、幻聴を聞こえないようにするための薬物療法は、なぜか効かない。今日も違う薬の処方箋をもらった。診察の時、医師は苦笑しながら「あなたには色んな薬の耐性があるんですねぇ」と語っていた。

*

ある日、いつもと同じように通院しようとすると、突然電話がかかってきた。電話に出ると通院先の診療所で受付をやっている看護師の女性が「すみません。ちょっと医師にどうしても外せない急用ができてしまい、今日診察できなくなってしまったんですよー。なのでもし、特に異常とかがないようでしたら診察は来週またということで。もちろん、もし何かどうしても診察を受けたいということであれば別の病院の医師に連絡をして、診察を受けられるようにしますが……」と告げてきた。
なるほど。まぁ確かにいつもと変わりないし、別に診察が一週間延期になったって大丈夫だろう。薬もちゃんと多く余分にもらっているし。むしろ、今までの診察が頻繁すぎたのだ。そう思い、俺は「分かりましたー、じゃあまた一週間後に」と言い、電話を切った。

……それがまずかった。

診察が延期されるという電話をもらった途端、どんどん幻聴がひどくなっていったし、周りの人間が俺の悪口を言ってるんじゃないかという被害妄想もひどくなっていった。しかも今日は期末試験の日だから、否が応にも出席しなければならない。しなければ単位がもらえず留年だ。だが、こういうテストの時っていうのが実は一番きつい。周りに大勢の人がいるのに、音は静かだから、幻聴がよく聞こえてしまうのだ。自分の周りの学生が露骨に「うっ、こいつくせーなぁ」と思っているかのような仕草をしているように見えてしまう。万全の準備をしてテストを受け、テストに答えているにもかかわらず、それの答案用紙を見た教授が鼻で笑っているように思えてしまう。まるで自分の答案が全部的外れで、「あんな的はずれなことを一生懸命書いていてかわいそうだな。どうせテスト落ちるのに」と思っているかのように。また「おまえがいくらこのテストを頑張ったって無駄だ!集団ストーカーによってお前の受けるテストは全て隠され、お前はテストを受けていないことにされ、落第される!そういう仕組なんだ!だから、早くそのテスト会場を抜けだせ!」と叫んでくる。その声はどんどんどんどん、どんどんどんどん大きくなっていく!
「やめろ、やめてくれ、うるさい、うるさいんだ!」ああ、とうとう立ち上がって大声で叫んでしまった。なるほど、町中でよく奇声を発する人っていうのはこういう気持ちだったんだな。これで俺も晴れて一人前の精神病患者の仲間入りか。
いや、そんなことを言っている場合ではない。周囲は一斉に俺の方を見ている。きっと、俺のことをはた迷惑だと思っているんだろう。ああ、これが、これこそが一番恐れていたのに。なんとかしてこの状況を抜け出さないと。
そう思って俺は卒倒することにした。教授が慌てて駆け寄り、補助をしていた助手に救急車を呼ぶように命じる。そう、それでいいのだ。俺は今病気なんだ!病気なんだから、さっさと医者に連れて行くべきなんだ!
だが救急が来るまでは時間がある。その間周りは、突然倒れた俺に騒然となっている。そりゃそうだろう。教室でいきなり誰かが奇声を発して倒れたらそれが正常な反応だ。だが俺の妄想はそう受け止めない。周りが俺を嘲笑しているように認識をねじ曲げてしまう。早く、早くこの妄想をなんとかしてくれ!
そして5分ほど経ってとうとう医師が来た。幻聴は「こいつも集団ストーカーの一味だ!信じるんじゃない! 」うるさい、黙れ!そして俺は医師の胸ぐらをつかみ、医師にこう叫ぶ。
「俺は今被害妄想と幻聴が聞こえてしまっているキチガイなんです!俺は狂っているんです!早く助けてください!」……

*

「だめみたいだなぁ」ベットに横たわり、眠り続ける患者を前にして白衣の女は言う。患者の耳にはヘッドホンが取り付けられ、そして剃毛された頭にはいくつもの電極が付けられている。
「これが成功すれば、様々な植物状態の患者を救う、画期的な医学の進歩になるはずだったんですがねぇ。」と、コンピュータの前に座っているその白衣の女の助手らしい看護師の女性が言う。
男の前のコンピュータには、電極からのコードが繋がれており、そしてそのコンピュータのモニターでは複数の視点から、大学の教室に倒れている男の姿と、そしてその倒れている男から見える景色が、映像として中継されていた。
20XX年、人間の夢を解読する技術はどんどん進歩し、とうとう人間が見る夢の世界をリアルタイムで完璧に映像化することが出来るようになった。そして、その夢をみることが出来る装置を、原因が分からないが植物状態に陥っている患者に用いると、驚くべき事実がわかったのだ。
どうやら植物状態に陥っている人間は、その植物状態の中で夢を見ているみたいなのだ。そして、その夢がいつまでも続き、終わることがないために、植物状態から目覚めることが出来ないのだということも分かったのだ。

「通常人間の夢っていうのは、人間が一人で考えることだからどこかで破綻が生まれる。そして、その破綻に気づいてしまった時に人間は夢から目覚めるんだ。高い所から落ちると目が覚めるなんていうのはまさにその一例で、高い所から落ちれば死んでしまうか、助かっても体はボロボロになる。しかし夢の世界ではそんなことは起きない。おかしい、そうか、これは夢なんだ、と。そうやって人間は目覚める」
「しかしごくまれに、そういう破綻や矛盾を一切露呈させずに夢をみることが出来てしまう、そういう人間が存在する。その場合、その人物は自分が見ているものが夢であることに気づかずにずっと眠り続け、結果植物状態に陥ってしまう、というのが、先生の考えた『夢因性植物状態』仮説でしたよね」
「ああそうだ、この仮説を提示した時は私はほぼ笑い者状態だったよ。だが、こうやって夢を解読する機械が開発されると、私の説が立証された。しかし、原因が分かっても、それによって病気を治す方法がわからなければ、それは医学の進歩とはいえない。そこで私が考えたのが、この『赤い薬』療法だったんだが……」
「人間は眠っていても聴覚だけはきちんと働き、周りの音を聞き取る。だから、夢因性植物状態の患者に、ひたすら『それは夢なんだ。目覚めるんだ。』という声を聞かせれば、夢のなかでそれが夢であることに気づき、目覚めることができるんじゃないか。という治療法だったわけですが」
「まぁ、正直焼け石に水という発想だから、そんな上手くいくとは思ってなかったんだが、まさかここまで副作用が出てしまうとはなぁ。患者の見ている夢がどんどん悪夢になってしまい、しかも患者は聞こえてくる声を幻聴だと認識するから、目覚めるきっかけにもならない。ただいたずらに、患者のQOLを下げるだけだった。」
「結局、夢を見ている当人自体が、自発的に、夢から覚めようとしないかぎり、夢から覚めることは無理ってことですかね。」
「医者としては、無力感を感じるなぁ。」医師は患者を見つめながら、そう、悲しげにつぶやいた。

一瞬静寂が訪れる。

「ま、この治療を続けるか、止めるか、それを決められるのは先生だけです。なんてったって、先生がそれを決められる唯一の人間なんですから。それでは私は別の仕事があるので。」看護師の女性はそうつぶやいて立ち上がり、病室を後にした。
白衣の女は下を向き、すこし考えた。そしてその後、患者の方を向き、ゆっくりとヘッドホンを外し、そして、その患者の額にそっとキスをした後、こうつぶやいた。
「これによってもう君の幻聴や妄想はおさまるだろう。君は私の生み出してしまった悪夢から解放され、君の抱く夢のなかで、幸せに暮らすだろう。


……私はちょっと寂しいけどね、じゃ、おやすみ。“眠れる森の王子さま”……」



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*1:参考記事:[http://d.hatena.ne.jp/amamako/20090322/1237706387:title]

*2:参考動画:[http://www.nicovideo.jp/watch/sm12356982:title]