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あままこのブログ

役に立たないことだけを書く。

なんかみんな最近怒りっぽいね

暑いからなのかしら。
アイスの冷蔵庫だかに入ったーだとか、コンビニのコーヒーにホコリが付いてたーだとか、そんなことがなんかとてつもなく大騒動になったり、あるいはテーマパークで有料で撮った写真をスマホで勝手に撮るなとか、就活生が電車の中で携帯で電話していたら老人が怒って携帯をたたき落としたとかいう出来事が増田で話題になったりして、で色々な人が喧々諤々色々己の正義感に溢れた形でコメントしたりしているわけだけれど。
……それらってそもそもそんなにネットで話題にしなきゃいけないこと?
僕もまぁ怒りっぽい性格ではあるし、日々世の中にある(僕から見た上での)不正義には腹を立ててしまう人ではあるのだけれど、しかし上記のような事例の不正義にまで一々目をかけて怒っていたら疲れちゃう気がするんだよな。
世の中変な人っていうのは一定数居るし、それは別にネット上だけでなく町中とかでも見かけたりするわけじゃん。店員を怒鳴りつけているクレーマーじじいとか、自転車で並列走行している学生のガキとか。でもじゃあそういう連中を一々注意するかっていうと、それはしないわけで。むしろそういうのを一々注意している人がいたら、それはそれで、あんまり近づきたくない「変な人」でしょう。普通の人っていうのは、そういう変な人を見かけたら、あんまり近づかないようにして無視して、それでせいぜい家に帰ってから「こんな変な人がいてさー」で話題にしたりする、その程度だと思うんだよな。
ところがネット上ではなぜか「こんな変な人は居てはならない!この社会から駆除せよ!」とばかりに大騒動になったりするわけだ。まぁ、ネット上で騒いでそういう人を叩くことによって、そういう変な人を駆除出来ればいいよなーとは僕も思うけど、でも、そういう人っていうのは別にずっと昔から居たわけで、いくら騒いだって駆除することって出来ないと思うんだよな。
もちろん、そういう変な人にも色々居て、中には社会構造とか技術とかの変化で新しく現れてきた「変な人」もいるわけだ。例えば携帯電話に腹を立てるボケ老人とかはまさにそういう新しく現れてきた「変な人」なわけで、そういう場合には、そういうボケ老人どもの頭からどうやって偏見を取り除くかとか考える、そういう必要はあると思う。でも、どうやらそういう風な盛り上がりがなされるわけではもなく、ただみんな「そういうジジイはさっさと死ねばいいのに」とだけ言っている。まぁ、さっさと死ねばいいのにというのには全く同意なのだけれど。
そして、そういう変な人がネット上で騒がれることによって、何が一番困るかというと、変な人の存在を知ったことによるやり場のない怒りがこみ上げてきて仕方なくなるということなのだ。そういう変な人の話を聞くたびに自分の中で怒りが溜まってくるのだけれど、でもじゃあそういう変な人を陶片追放とかに掛けることが出来るかといえば、今のネットはそこまで進化してないわけで、結局「そういう変な人がいて、しかも未だにこの世界でのうのうと生きてやがる」という無力感だけが残ってしまうわけだ。それって、僕にとっては、結構イライラすることなんですよね。
だから、結局何を言いたいかというと、社会を変革するとか人々を啓蒙とするとか、そういうことで何とか出来ることについて、ネット上では話題にすべきなんであって、そうでない、いくら社会が変わったり教育が行き届いてもどうにもならないことについては別にネットで話題にしてもしょうがないじゃん。ただイライラと無力感が募るだけじゃん。ということです。