あままこのブログ

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Web系の「労働生産性」が低いのは、Web系の仕事の効率が悪いからなのか?

はてブでこんな記事が話題になっていました。
getlife.hateblo.jp
この記事の主張を簡単にまとめると
SIer*1労働生産性はWeb系の労働生産性より低い。よってWeb系はSIerより労働の効率が悪く、劣っている」
というものになるでしょう。
そして、その根拠として挙げているのが、経済産業省の「平成27年度 ICT の経済分析に関する調査(http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/linkdata/ict_keizai_h28.pdf)」の、労働生産性についての統計です。この統計によれば、2014年度の労働生産性は、情報サービス業で992万円なのに対し、インターネット付随サービス業は293万円と、たった3割しかない、そして、情報サービス業とはいわゆるSIerであり、インターネット付随サービス業はWEB系とみなせるから、WEB系の労働生産性SIerより低いと、そう上記のブログでは解釈しているわけです。
しかしこれには下記の2点、疑問点が提示されています。

  1. 「情報サービス業とはいわゆるSIerであり、インターネット付随サービス業はWEB系とみなせる」というのは本当か
  2. 労働生産性が低いということは、本当に労働の効率が悪く、劣っているということなのか

この内、1点目については、具体的に「情報サービス業」にどのような企業が属し、「インターネット付随サービス業」にどのような企業が属しているか定量的に調査する必要がありますが、ぶっちゃけ面倒なのでそれは他の人にまとめます。
(ただ、自分の求職経験から言うと、いわゆるWEB系と言われる企業でも求人においては「情報サービス業」として求人していたし、「インターネット付随サービス業」で求人を検索すると、携帯ショップみたいなWEB系とも言えないような企業が引っかかったりしたので、この2つのみなしはかなり怪しいなーと思ったりします。ただ、これはあくまで感覚的な話なんで、きちんと分析するにはやはり定量的調査*2が欠かせないでしょう。)
この記事で考えたいのは2点目の疑問、「労働生産性が低いということは、本当に労働の効率が悪く、劣っているということなのか?」という問いです。

そもそも労働生産性とは一体何なのか

そもそも労働生産性とは一体何なのでしょうか。厚生労働省の説明*3から引用すると労働生産性とは

労働生産性とは、従業員一人当たりの付加価値額を言い、付加価値額を従業員数で除したものです。労働の効率性を計る尺度であり、労働生産性が高い場合は、投入された労働力が効率的に利用されていると言えます。

というものだそうで、数式で表すと

労働生産性=付加価値額(人件費+支払利息等+動産・不動産賃借料+租税公課+営業純益)÷従業員数

となるそうです。
といっても、僕は数式が大の苦手でこれだけじゃチンプンカンプンなので、ちょっと例にして考えてみます。
社員数1人の、給料が全員月給25万円(年給300万円)、営業外利益が全くなしで税金支払額も全く同じの2つの企業、X社とY社があったとします。この2つの会社が同じ1年間で1つのプログラムを開発します。そしてこの2つの会社の内、X社はそのプログラムを10人に1つ100万円で売って1000万円の利益を挙げ、一方でY社は10人に1つ200万円で売って2000万円の利益を上げたとする。その時

ということになり、Y社はX社より労働生産性が高いということになります。
そして、αという業界がX社みたいな企業ばかりで構成され、βという業界がY社みたいな企業ばかりで構成されている場合、β業界はα業界がより労働生産性が高いということになります。

労働生産性は「仕事の効率」や「品質」だけでなく様々な要因で変動しうる

さて、このように算出される労働生産性ですが、この労働生産性、国別でいうと日本はOECD加盟33カ国中第22位、先進7カ国で最低となります。低いですねー。ですがこれ、労働法学者の濱口桂一郎氏によると、必ずしも「生産性が悪いから」とだけは言えないそうなんです。
eulabourlaw.cocolog-nifty.com

製造業のような物的生産性概念がそもそもあり得ない以上、サービス業も含めた生産性概念は価値生産性、つまりいくらでそのサービスが売れたかによって決まるので、日本のサービス業の生産性が低いというのは、つまりサービスそれ自体である労務の値段が低いということであって、製造業的に頑張れば頑張るほど、生産性は下がる一方です。

http://activity.jpc-net.jp/detail/01.data/activity001013/attached.pdf

この詳細版で、どういう国のサービス生産性が高いか、4頁の図3を見て下さい。

1位はルクセンブルク、2位はオランダ、3位はベルギー、4位はデンマーク、5位はフィンランド、6位はドイツ・・・。

わたくしは3位の国に住んで、1位の国と2位の国によく行ってましたから、あえて断言しますが、サービスの「質」は日本と比べて天と地です。いうまでもなく、日本が「天」です。消費者にとっては。

それを裏返すと、消費者天国の日本だから、「スマイル0円」の日本だから、サービスの生産性が異常なまでに低いのです。膨大なサービス労務の投入量に対して、異常なまでに低い価格付けしか社会的にされていないことが、この生産性の低さをもたらしているのです。

ちなみに、世界中どこのマクドナルドのCMでも、日本以外で「スマイル0円」なんてのを見たことはありません。

生産性を上げるには、もっと少ないサービス労務投入量に対して、もっと高額の料金を頂くようにするしかありません。ところが、そういう議論はとても少ないのですね。

一体どういうことか。
先程の例に再び戻りましょう。労働生産性を出す公式は以下のとおりです。

労働生産性=付加価値額(人件費+支払利息等+動産・不動産賃借料+租税公課+営業純益)÷従業員数

この内、「支払利息等+動産・不動産賃借料+租税公課」はぶっちゃけ良く分かんないので定数Aとすると以下のようになります。

労働生産性=(人件費+営業純益+A)÷従業員数

さて、これで労働生産性を上げるにはどうすればいいか。方法は定数Aに関するものを除くと次の3つでしょう。

  1. 人件費を上げる……賃金を上げる
  2. 営業純益を上げる……価格を上げる
  3. 従業員数を減らす

「賃金を上げる」とは、そのまんまの意味ですね。同じ社員数の会社が、同じソフトを同じ値段で売って同じ利益を上げていたとしても、社員の賃金が高いほうが、労働生産性は高いとされるのです。逆に言うと、低賃金でも文句を言わず働く社員が多いと、その分労働生産性は下がります。
さらに言えば、年功序列型賃金の場合、より社員が若いほど賃金も下がります。
「価格を上げる」とはつまり、開発したソフトをより高い値段で売ったほうが労働生産性は高いということです。高く売る方法はここでは問われません。ですから、優れた生産性でより高い付加価値を与えるソフトを作るというのも方法の一つですが、それだけでありません。例えば競争相手が少ない、あるいは殆ど無い分野なら、価格は高止まりしますし、逆に競争が激しい分野なら、価格はどんどん下がり、労働生産性は悪くなります。SIerとWeb系の比較で言うなら、オープン系でない汎用コンピューターで作られたシステムの維持ならその分高い値段をふっかけられますが、オープン系で作られたシステムなら競争相手が多々いるためそんなに値段はふっかけられません。*4
「従業員数を減らす」も、そのまんまの意味です。

なぜ「雇用者数の急な増加」が労働生産性を下げるのか

ちなみにこのように考えると、なぜ「雇用者数の急な増加」が労働生産性に負の効果をもたらすかも、理解できます。
まず単純に、雇用者数が増加したということは、未経験者が増加したということで、未経験者が給料の平均を押し下げれば労働生産性は悪くなります。
次に、その増加した未経験者は当然経験者より生産性が低いから、当然同じソフトでも掛かるコストは多くなってしまい、利益が減少します。さらに言えば、未経験者の場合、OJTにしろOffJTにしろ、教育コストもかかります。
そして、雇用者数が増加すれば、当然従業員数も増加します。
逆に言うなら、雇用者数が増加しないSIerは、給料が高い経験者だけになってしまっていて、全体としては維持もしくは縮小傾向であるとも言えるでしょう。*5

SIer業界の人とWeb系業界の人が噛み合わないのは、そもそも双方の議論の土台の労働倫理観が異なっているからでは

いままで述べたように、労働生産性が低いのには、様々な要因が考えられ、一概に「劣っているから」とは言えない、といえます。
これらの要因の内、一体どれが労働生産性の差の要因なのかは、より精緻な調査が必要でしょう。
最後に僕の推測を言うと、SIerとWeb系で労働生産性がここまで異なってくる理由は、第一には産業構造の差があるのでしょうが、一方で、双方の労働者における労働倫理の差も大きいのではないかと考えています。
簡単にいえば、Web系の業界に就職する人は、SIer業界に就職する人より、ハッカー倫理を自らの労働倫理とする人が多いのではないかということです。
ハッカー倫理とは、下記の本で「プロテスタンティズムの倫理」と対比させられている倫理観のことで

リナックスの革命 ― ハッカー倫理とネット社会の精神

リナックスの革命 ― ハッカー倫理とネット社会の精神

その内容は端的に言うと

  • 仕事を苦行ではなく楽しみとして捉える
  • 規則的なスケジュールではなくフレキシブルなスケジュールを好む
  • 金銭的な報酬より精神的な報酬を求める

といった内容です。一方で、「労働生産性」が良いほど労働者にとっては良い労働環境だと考えるのは、旧来のプロテスタンティズムの倫理

プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神 (岩波文庫)

プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神 (岩波文庫)

に基づく考え方であり、だからSIer業界の人とWeb系業界の人が噛み合わないのは、そもそも双方の議論の土台の労働倫理観が異なっているからではないかと、そう僕は推測するのです。
ただこれについてはもっときちんと調査・分析しなければ実証することができない、ジャストアイデアなんですがね。

*1:"SIer とは、System Integrationの略称SIに「~する人」を意味する-erをつけて「System Integrater」とした造語であり*1、エス・アイアーと読む。System Integrationとは、個別企業のために情報システムを構築することであり、戦略立案から、企画、設計、開発、運用・保全までトータルに提供するSIerもある。"via.keyword:SIer

*2:例えば求人情報から調べるとか

*3:https://www.mof.go.jp/pri/reference/ssc/keyword/keyword_04.pdf

*4:Web系から意地悪く憶測した場合の見解

*5:これもWeb系から意地悪く憶測した場合の見解