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あままこのブログ

役に立たないことだけを書く。

ハイタッチ一つで人生観が変わってしまったかもしれない日

アイドル

すみません。いつも読みにくい記事を書いている僕ですが、今回の僕の記事は普段より更に読みにくいと思います。というのも、僕自身、自分で自分で理解が出来なくなってしまっているからです。ただ、どうやら今まで僕が人生でほぼ抱いたことがなかった感情が、今胸の中に沸き上がっているみたいで、どうしてもその感情を吐き出したくなってしまっているのです。

今日、ハイタッチの前にあったこと

とりあえずまず今日あったことを時系列で説明していきます。
今日僕は、池袋のサンシャインシティで開かれた、アイドルマスターシンデレラガールズ(通称モバマス)の新曲『お願い!シンデレラ』の発売記念ミニライブ&トークショー&ハイタッチ会に行ってきたんですよ。このイベントでは、今回発売される曲を歌っているキャラの声優さんたち11人が出演していたんです。

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なんで行ってきたかといえば、それは僕がモバマスにはまっているからです。それに暇を持て余していましたから。
で、まず朝の5時からサンシャインシティの外でそのハイタッチ会に参加するための券をもらいに列に並びました。券は、CDを買った人に配られるということだったんですが、先着1000名ということで、これは朝から並ばないとダメだろうなと思って、並びに行ったわけです。
ただ、それも別に真剣にハイタッチ会に参加したいというよりは、本当に暇を持て余していたし、あとこういうイベントに来る人たちっていうのがどんな人かを観察する、一種のフィールドワークのつもりでした。元々僕は、モバマスのキャラは大好きだけれど、その中の人にはあんまり興味なかったですから。というか、そもそも声優にそんなに興味がわかない人なんです。「3次元が2次元にかなう訳ないじゃん」という考え方ですから。だからほんとに、その列に参加するときも、気分はまわりの原住民を観察する西欧からきた民族学者でした。なんてったって、列に並んでいるときに読んでいた本は『アイドル工学』でしたしね。
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『アイドル工学』を読みながらまわりの列に並んでいる人を観察して、「こういう行動は80年代のアイドルオタクとはちょっと違うな」と思ったりする、まぁ、いけ好かないやつです。
それで、10時まで並んでやっとCDと券を手に入れました。正直その時はちょっと列にならんだことを公開していました。待っていたところがちょうどビル風の当たる所でとても寒かったからです。でもまぁ、折角券は手に入れたんだから、使わないのももったいないので、イベントに参加することにしました。ただ、イベントは17時30分からで、始まる前にだいぶ時間があったので一旦家に帰って16時30頃また来ました。
でも、来た時はもう人がいっぱいだったんですね。しかもちょうどその時リハーサルとかをやってたんですが、リハーサルの時もオタ芸がうるさくてうるさくてちょっとイライラしました。僕、オタ芸とか嫌いなんです。こういう声優さんとかのライブイベントは、コミケとかで通りすがりに見たりするんですが、その時もオタ芸がうるさくていらっとするわけです。それによって曲は聞こえなくなるし、背があんまり高くない僕は殆ど歌っている人が見えなくなるし。
しかも待っている間もまわりではいかにもリア充っぽいオタクが友人引き連れてやってきていて、しかもそいつらは別にモバマスのことなんか全然知らないけれど声優のファンだから来ているらしくて、さんざん大声でモバマスの悪口を言うわけです。またイライラがつのるわけです。
で、そういうのに我慢した後一時間経ってライブが始まると、案の定オタ芸が始まって歌は全然聞こえないし声優さんは全然見えない。そしてライブが終わってトークが始まっても時々なんか急にあちこちから大きな怒鳴り声が聞こえたりする。それによってトークが聞こえなくなるのももちろんイラッとくるし、しかもその内容と言ったら好きな声優の子に自分の方を向いて欲しいという身勝手な何も面白く無い内容。そもそも大きな怒鳴り声で叫ぶということが僕は大嫌いなのです。
で、そんな風にイライラを募らせながらも、トークが終わって、それでもう一回またオタ芸で全然ステージが見えないライブをやった後に、ハイタッチ会がやってきたわけです。
で、券を持って列に並びながらハイタッチをするのを待ってたんですが、その時点で僕はこれまで述べてきたような諸々の事情からげんなりしていましたし、更に言うとハイタッチという行為自体、自分の意思で並んで券をもらっておきながら言うのもなんですが、あんまり意味が無いように思いました。
だって握手会ならまだしも、ただのハイタッチですから。まぁ11人もいるので仕方ないといえば仕方ないことですが、ほんと列の前の人がハイタッチしているのを見ても、ただ11人に手を合わせていくだけ。別に何か会話をしたりするわけでもなし。なんか、「女の子と全然付き合いがないお前らなんだから、こうやって触ってもらうだけで満足だろう」と言われてるみたいです。そんなおざなりな交流ならむしろ全然手が触れさせないほうが、高嶺の花な感が出て良いんじゃないの?とか、そんなことを考えながら、列に並んでいたわけです。そしてとうとう自分の番が来ました。

ハイタッチ

その時に起きたことを書きます。
11人に次々手をあわせていきます。そのとき僕はだいぶ緊張していました。ですが、手をあわせて行き、並んでいる声優さんたちの顔を見ていると、なーんか、自然と、作り笑いや愛想笑いではない笑みが、自分の中でこぼれてきたんです。
そして、その時僕は肩に双葉杏ちゃんの肩掛けバックを掛けていました。


こんなバックです。
すると、そのカバンを見て、双葉杏役をやっている声優さんが「ありがとうございます!」と言ってくれたんです。
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そしてハイタッチはあっという間に終わったわけです。

見える世界が変わった

起きたことはただそれだけ、ほんのそれだけのことです。しかし、それだけのことで、僕は心のなかに、何かとてもあたたかいものが生まれ、幸せな気持ちになってしまったのです。
言っておきますが、別に僕はここのハイタッチで何か特別なことや、予測不可能な不意打ちを食らったわけではありません。全ては僕の予測通りでした。双葉杏のカバンを肩にかけて会場に行ったのは、わざとやったことでしたし、そして前に並んでいた人のハイタッチの光景を見て、そういう人にはお礼の言葉をかけてくれるということも、十分予想していました。予想して「ああこういう風にされるのがファンの人達なんだな。でも自分は別に声優さんのファンでないしなぁ」とまで、思っていたはずなのです。
そうやって全て予想して、そして予想通りの結果に終わった、はずなのに、自分の心は全然予測していない幸福感に包まれていたのです。
なんかもう、とにかく嬉しいんです。11人の声優さんが暖かくハイタッチをしてくれたこともそうですし、特に、声優さんが僕のカバンを見て「ありがとうございます!」と言ってくれたことがうれしくてたまらない。
そして、そういう風な気持ちで今日起きたことを改めて振り返ると、全てのことが180度その意味合いを変えていきました。
オタ芸とか奇声を挙げるファンは、これまでは正直全く理解できず、ただ騒ぎたいだけの奴らなんだろうと想っていました。しかし、そうじゃないんです。彼らは、声優さんたちに自分たちの存在を見てもらいたいんです。そのためにヲタ芸をしたり奇声を挙げたりすることが許されることなのかはわかりませんが、しかしすくなくとも、それをやりたくなる気持ちは理解できる。ハイタッチが終わった後、後ろの人がハイタッチをしていく間も僕はずっと会場にいました。そうすると、休憩の時時々声優さんたちが会場でまだ見物している人に向かって手を振ってくれるからです。それに対して手を振り返すことが、とても楽しかった。その気持は、多分オタ芸とか奇声とかを挙げる人たちとそさして違いはありません。
そして、ライブやトークショーについても、別にそれをきちんと見て聞く必要なんて全然ないんだということもわかってくるわけです。ライブだけど、別に曲を聞くわけじゃない。そうでなく、おなじ空間にいる僕等に向かって、アイドルたちが一生懸命パフォーマンスをしてくれている、それが重要なのです。だから、観客側はおなじ空間にさえ居れば別に見えなくたって構わないんです。
そして、そういう「自分のことを見てほしい」という望みを叶え、ファンを幸せな気持ちにしてくれるのが、まさしくハイタッチだっわげです。そして、今日のイベントでは、1000人の人たちがハイタッチに参加しました。つまり、1000人分の人が、僕と同じようなこの幸福感を得ているのです。たった11人の女の子たちが、1000人の人を幸せにする。アイドルって、まさしく天使だ。
これは、以前の僕とはぜんぜん違う考えです。これまでの僕は、正直アイドルってあんま良いものじゃないんじゃないかと思っていました。アイドルみたいに、その人の持っている技能でなく、その人自身のパーソナリティを売り物にすることは、そのアイドル本人にとっても、パーソナリティを商品化してしまうという点でとても危ういものだし、大体そこで叶えられる欲望って「自分の望むままの女性の人格がほしい」という極めてゲスな支配欲でしかない。そんなアイドルなんかにうつつをぬかしていないで、きちんと自分の身の回りの他者と生身で向きあい、相手を自分の欲望を充足する道具ではなく、きちんと尊重すべき独立した人格を持った他者として扱いなさいと、そんなことを思ったりしていたわけです*1
しかし、今僕の中で、そういった言葉が、自分の中で一気に意味をなさなくなってしまったのです。別に、これまでの自分の言葉に対する反証が見つかったわけではありません。むしろ、こうやって自分がのめり込んでいる点からも、アイドルという存在がいかに欲望を満たしてくれることに長けているか、ということの証左でしかありません。むしろ今のほうが、アイドルとかにのめり込んでストーカーになったり、あるいは自分の財産を浪費してしまう気持ちはわかってしまいます。
でも、なんか僕の中で、こんな思いが生まれるのです。「欲望を満たすことによって、人の苦痛を和らげ、幸福を与えることの一体何が悪いのか」と。人を幸せにするって悪いことなのかと。
自分でも全く筋が通ってないことは分かっています。アイドルへ依存してしまう心理がわかって、その危険性を認識しているのなら、アイドルなんてものに頼らず、健康的に自分の欲望を軟着陸させ、周囲とすり合せしていく道を探るべきでないかと、以前の僕なら主張したでしょう。しかし、いまの僕は、そういう主張をしたくないのです。

とにかく、自分の中で何かが変わった

すみません。今思っていることをありのままに書こうとするのですが、やっぱり支離滅裂な訳の分からない文になってしまいます。しかも、この文章で僕が言いたいことを述べられた気は全然していません。それどころか、僕が本当に胸に抱えていることは全然記せていないとさえ言えるでしょう。自分が言いたいことはもっとエモーショナルなことなんです。例えば、ハイタッチした後、家に帰って、手を洗ってしまうのがが、もったいなかったとか、帰ってきてすぐ、記事を書くのと並行して、声優さんのこれまで出演してきた作品を調べているとか、そういうことなんです。しかし、それをうまくまとめた文章にすることがどーもできず、その本当におもっていることの周辺のどうでもいいことばかりグダグダと述べてしまいます。
とにかく、なんかいまの僕は全然今までと世界が違って見えてしまうのです。なにか、皮肉的に世の中を見ることができなくなってしまっているのです。少なくとも、アイドルという存在については。
これが、一過性のものなのか、持続するものなのかはわかりません。ただ、もしこれが持続するとしたのなら、それはなにか自分の人生観を、良きにつけ悪しきにつけ、大きく変えてしまう気がするのです。しかし、この記事のグダグダさが証明しているように、その変化が一体どういうものなのかは、自分でも、いまいちよく分かりません。

*1:数日後に、その時の僕のアイドルに対する考え方を記した記事がインターネットに掲載される予定です