あままこのブログ

役に立たないことだけを書く。

あのころは「ものすごく辛辣に社会批評をする童貞と処女の集まり」がいた

imidas.jp
「私が「冷笑系」だった頃〜「リトルひろゆき」たちとの楽しくも不毛で、だけど必要だった日々」という雨宮処凛氏のコラムを読んだ。この中で、まず自分が反応してしまったのが次の一節だ。

 最初の頃はそんな彼ら彼女らに反発を覚えた。だってリトルひろゆきたちは、当時の私にとっての神だった大槻ケンヂまでこき下ろすのだ。もちろん彼らも大槻ケンヂが大好きなのだが、「神」と崇めるようなスタンスは痛く、好きだからこそ批評してナンボということらしかった。またそうすることによって、自分の知識の深さを自慢したいという動機もあるようだった。とにかく彼ら彼女らはすべてを上から目線で語っていた。

「ものすごく辛辣に社会批評をする童貞と処女の集まり」

 本当に童貞・処女かは別にして、私は心の中で彼ら彼女らをそう呼んでいた。

この一節は、当時雨宮氏がリアルに(おそらくロフトプラスワンとかで)付き合っていた人らのことを指している。
しかしこの文章を見たとき僕が連想したのは、中高生だった自分がネットに文章を書き始めたとき(2000年代)に、お手本にしていた人たちのことなのだ。

あのころは「ものすごく辛辣に社会批評をする童貞と処女の集まり」がいた

当時の僕は、ひたすら鬱屈した学生時代を過ごしていた。スクールカースト上位の人間と合わないのはもちろんだが、下の方も下の方で、「ハルヒダンス」に代表されるようにオタクの陽キャ化・コミュニケーション重視が進んでいた時代で、「いかに周りに話を合わせて、覇権アニメで盛り上がるか」みたいな価値観が幅をきかせた時代で、「オタクは知識量でマウント取ってなんぼだろ」「せめて宮崎・押井・富野・庵野の作家性と、それに対してどのように自分が評価するかまとめてから僕に話しかけてこい」なんていう痛々しいスノッブだった僕と合うはずもなく、ひたすら孤立しながら、学校の休み時間に岡田斗司夫やら竹熊健太郎やらの本を読んでいたりしたのだ。

そんな痛々しい日常を送っていた僕が、ネットに触れたとき、行き着く先は当然そういうサイトだった。当時見ていたサイトはこんなサイトだった

(もう今はこれらのサイトを覚えている人たちは殆どいないだろうけど)当時これらのサイトに共通していたのは、まさしく「圧倒的な知識量でもってアニメやネットの様々な話題を軽快に論じていく姿勢」だ。実際それらのサイトが本当にそれに値していたかはおいておいて、中高生の自分にはそう写ったのだ。これらサイトはまさに僕のネットでの振る舞いを決定づけるお手本となった。

そしてインターネットには、そういう批評的な文章を書く人々が集うWebサービスがあった。今僕がブログを書いているはてなブログの前身、はてなダイアリーである。インターネットのある一時期には、「人文系のこと書くならはてなダイアリーだよね」みたいな雰囲気があったのだ。今はTBSラジオのパーソナリティとして有名な荻上チキ氏も、「成城トランスカレッジ」という人文系ニュースサイトを運営していたり、「情報社会の倫理と設計についての学際的研究」なんていう東浩紀氏や北田暁大氏が参画した研究プロジェクトが、はてなダイアリーの関連サービスだったはてなグループを利用して運営されていた。

(と、このように書くと「お前が見ていた怪しげな批評サイトと、荻上氏や東氏みたいなまっとうな批評を一緒くたにするな」と言われるかも知れませんが、当時のネットには、ハンドルネームで書かれた怪しげな批評も、大学教員が書いた真っ当な文章も、フラットに評価され、論じられていた雰囲気があったのだ。)

そして、そういう流れに乗って、多くの人たちがはてなダイアリーやら、他のブログサービスやらで社会批評・評論を書き始め、『ブログ論壇』という本にまとめられる程度にはなった。

ちなみにそのとき僕は、ネットで出来た自分と同い年ぐらいの友人がこの本に紹介されたのを知って、「何で自分は紹介されないんだ」と一人悔しがったりしていた。

ネットかリアルかという違いはあれ、彼ら彼女らもまた、「こき下ろす」ためにめちゃくちゃ勉強していたし、何より実際に会ってみると気のいい人達だったりして、いわゆる「モテ」の雰囲気からはほど遠い、「ものすごく辛辣に社会批評をする童貞と処女の集まり」だったのだ。*4

ブログ論壇・10イヤーズアフター

しかし、そんな「ものすごく辛辣に社会批評をする童貞と処女の集まり」も、今はもういない。

ある人は、無事就職し、元気に子育ての様子をSNSに書いていたりする。また別の人は、震災やらコロナやらを機にすっかりアレな人になったりしている。もう既にこの世にいない人も、いたりする。

もちろんそんな中でもきちんと上がった人も居たりする。大学にアカポスを得たり、あるいはアルバイトしながら批評系雑誌やニュースサイトに記事を寄稿したり……

こんなネットの片隅で、誰にもろくに読まれはしない文章を垂れ流しているのは、僕のように心を病んだこども部屋おじさんぐらいなのである。

「それってあなたの感想ですよね」という断絶を乗り越えて

話を雨宮氏の記事に戻そう。

雨宮氏は「それってあなたの感想ですよね」というひろゆき氏がよく言うセリフについて、次のように書いている。

 23年5月5日こどもの日、朝日新聞に、ひろゆキッズについての記事が掲載された。

 西日本のある教諭は、ひろゆき氏の「それってあなたの感想ですよね」を真似る子どもに「そういう言い方は他の人に嫌われてしまうで」と伝えたという。

 その指摘は正しくて、だけど根本的に間違っている。

 なぜなら子どもたちは、人に嫌われることも厭わないひろゆき氏のスタンスこそに憧れていると思うからだ。

 翻って周りを見れば、大人たちは常に空気を読み、「上」の顔色を窺い、いつも組織の中での立場や人間関係に汲々としている。子どもも例外ではない。教室の空気を読み、スクールカーストに見合った振る舞いをしないとたちまち地獄と化す窮屈な場所にいる。

「それってあなたの感想ですよね」は、そんな中にいながら、相手の発言を無意味・無価値にするささやかな意地悪なのかもしれない。そうやって相手の心を折ってスカッとすることが必要とされるほどに、子どもの社会も閉塞しているのだろう。

「それってあなたの感想ですよね」という言葉は、それが弱者からの、強者によるマウントへの抵抗である限りは、確かに効果があった。

例えば、暴力ゲーム規制や「非実在青少年」規制を押しつけてくる大人に対し、自分たち子ども・若者の文化を守る言葉として、「そういう表現に悪影響があるって、それってあなたの感想ですよね」という言葉はとても強く響く。だからこそ、言い方こそ違えど、当時のネットでは、ちょっとでも勉強した若者たちは、ひろゆきと同じような言葉を使って、大人たちに抵抗した。

だけど、そんな言葉を使う僕たちが大人になって、同じような言葉を使えば、それは途端に抑圧の言葉となる。例えどんなに論争相手が不安な「お気持ち」を抱えていても、「それってあなたの感想ですよね」と言ってしまうことで、もはや私たちは敵との対話を閉ざしてしまうのだ。かつての私たちは、そんなことにも気づかず、強い言葉を使いすぎた。

そしてその結果として、世界は「味方」と「敵」が言葉もなく権力を奪い合う闘争の場と化していったのでは、ないだろうか。

必要なのは、上から目線でばったばったと敵を論破していくことではなく、例えどんなに弱々しくても、自分の思いを吐き出し、そして相手の思いを聞くことではないのか。

しして、かつて「ものすごく辛辣に社会批評をする童貞と処女の集まり」だった私たちには、そういう「論破ではない対話」の場を作る責任があるのではないか。

そんなことを、雨宮氏の記事を読んで、思ったりした。

*1:zenhitei氏が運営していた。

*2:本田透氏のテキストサイト

*3:2023/8/5訂正

*4:まあ、自分もその中の一人だったのだが