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「ルックバック」における統合失調症描写について①:基礎知識編

藤本タツキ氏が描いた短編マンガ「ルックバック」
ルックバック - 藤本タツキ | 少年ジャンプ+
における犯人の描写について、インターネット上で様々な意見が出ています。
anond.hatelabo.jp
anond.hatelabo.jp
erikoshinbun.hatenablog.com
ただ、インターネット上でのこれらの議論への反応を見ていると、そもそも精神疾患、特に今回問題となっている統合失調症というものへの理解があまり得られてないのに、議論を進めてしまっているように見えます。
かく言う僕自身、統合失調症についてそんなに詳しいわけでもなかったので、上記の議論を正直良く理解は出来ていませんでした。
そこで今回は、僕なりに統合失調症について調べて、その上で、付け焼き刃の知識ではありますが

  • 統合失調症とはどういう病なのか
  • 「ルックバック」における描写の何が問題となっているか

ということを、Q&A方式でまとめてみました。
色々間違っている点はあるかと思いますが、とりあえず議論の土台となる知識として読んでいただければ幸いです。

1. 統合失調症ってそもそも何?

Q. 統合失調症ってそもそも何?
A. 「幻覚」と「妄想」を主症状とする様々な症状が組み合わさった状態(病名)

まず知っておかなければならないのが、統合失調症とは様々な症状が組み合わさった状態を示すということです。このことは言い換えれば、気管支炎やガンといったように、はっきりと「体のこの器官がおかしくなった」というようには言えないということでもあります。もし、体のどこかの器官が悪いからという原因がはっきりするのならば、例え統合失調症のような症状を示していても、統合失調症とは呼ばれません*1
そして、統合失調症の主な症状は次の2つです。

  • 幻覚
  • 妄想

まず第一に、幻覚とはつまり「現実にないものが見えたり、聞こえたりする」ということです。本来存在しないものが見えることは「幻視」であり、本来存在しない音が聞こえることは「幻聴」です。
そして「妄想」ですが、実はこの「妄想」とは何かということは、はっきりと定義しづらい問題だったりします。一応「誰かに監視されている」(注察妄想)とか「誰かが自分を傷つけようとしてくる」(被害妄想)、「自分には世界を変える力がある」(誇大妄想)というように、妄想を例示することはできますが、「これが妄想の定義だ」と示すことはなかなか難しいです。
一応、カール・ヤスパースという昔の哲学者・精神科医は、妄想の定義について

  1. その内容がありえないこと
  2. 非常に強い確信
  3. 訂正不可能であること

という3つの定義を示していますが、臨床の現場では、(後ほど述べる慢性期においてはとくに)「自分が思ってることって、実は妄想なんじゃないか」というように、2番の「非常に強い確信」というのが揺らいでいるケースが多くありますし、また1番の「その内容がありえないこと」というのも、じゃあ偶然患者が抱く妄想と現実が同じだったら、その患者は統合失調症ではないということなのかということになります。
さらに言えば、上記の3つにあてはまる内容を信じていても、それが統合失調症のような病気とはされないケースもあります。例えば多くの宗教で伝えられる教義は、上記の3つの内容を兼ね備えていますが、しかし宗教の信者が皆統合失調症ということにはならない。一応、この批判に対応するために

  • 特定の下位文化(サブカルチャー)に属す集団で共有している信念は妄想とは呼ばない

という例外規定を設けるという手もありますが、しかしそうなると今度は「じゃあ統合失調症の患者が周囲をごまかして妄想を共有できたらその人は統合失調症じゃなくなるのか?」という問題がでてきます。
このように「そもそも妄想って何?」ということは、深く考えると難しいのです。
(ただ、実はこの「どこからが妄想?」問題こそ、「ルックバック」という作品を読み解くには重要になってくるんじゃないかと、僕は思ったりしています。ただ今回の記事ではそれには触れません。)
しかし一応日常の世界では、患者が抱く妄想に対し、「それは常識に照らし合わせたら明らかに妄想でしょ」ということは言えます。そして、その幻覚と妄想が合わさった状態の場合、その人の病気は統合失調症であると診断されるわけです。
ただその一方で、統合失調症の症状は幻覚と妄想だけではありません。統合失調症の患者は、幻覚や妄想の他に、次のような症状を併発することがあります。

  • 陰性症状―感情があまり湧き上がってこず、自発性がなくなる
  • 解体症状―思考や発言にまとまりがなくなり、支離滅裂になる
  • 緊張病症状―急に体が暴走したり、またその逆に全く体が動かなくなったりする
  • 気分症状―うつや躁
  • 認知機能生涯―判断力や記憶力の低下

これらの症状は、併発する人もいれば、併発しない人もいるという感じです。

2. 統合失調症はどんな段階をたどるの?

Q.統合失調症はどんな段階をたどるの?
A. 前駆期→急性期→寛解期というルートをたどった後、症状がぶりかえしたり、しなかったりする(慢性期)

上記で僕は、幻覚と妄想が、統合失調症の主な症状だと言いました。しかし、その幻覚や妄想がどのように現れるかは、病気の段階によって大きく異なります。

前駆期

まず、多くの統合失調症の患者は、幻覚や妄想を発症する前に前駆期というものを経験します。そこで経験されることとしては「誰かが自分のことを噂してるんじゃないか」という不安だったり、あるいは頭の中にアイデアがどんどん湧いてきて止まらなくなったり、自分が世界の全てを理解したような感覚になるなどです。
これらの経験は、別にそれ自体は統合失調症ではない多くの人もたまにあることですから、この段階では特段治療の必要とかはありません。ただ、なぜか多くの統合失調症の患者は、幻覚や妄想を経験し始める前に、このような経験をするようです。

急性期

幻覚や妄想が急に現れ、それで頭が一杯になる、まさに統合失調症を発症するタイミングです。幻覚や妄想により、通常の行動と異なる異常行動を取ったり、「常に頭の中に誰かが話しかけて脅迫してくる」とか「誰かが自分を殺そうとしている」みたいな幻覚・妄想によって問題行動を起こしたりするのはまさにこの段階です。そしてこの時点で医師は統合失調症であるという診断を下し、治療を開始します。

寛解

ただ、急性期に適切な治療を行えば、数週間〜数ヶ月の内に、幻覚や妄想は勢いを減らし、それのみに心が集中するというようなこともなくなります。また、この寛解期に至ると、「自分が現実だと思ってたことって、実は幻覚や妄想なんじゃないか」というように、幻覚や妄想を幻覚や妄想であると自覚するようになる人もいます。

慢性期

ただ一方で、そうやって寛解期に至っても、時にまた急性期のような症状がぶりかえすこともあります。
他方で、寛解期を経た後に、完全に幻覚や妄想がなくなってしまうということもあります。
さらに言えば、その中間で、幻覚や妄想を抱えながらも、それに頭を支配されず生活していくというケースもあります。そのケースにおいては、先に述べたように自分の幻覚や妄想を自覚する人もいれば、「自分が体験していることの内、これは現実だけど、これは幻覚や妄想」というように幻覚や妄想を切り分ける人もいます。

3. 統合失調症は治るの?

Q. 統合失調症は治るの?
A. 適切な薬物治療などを用いれば、多くの場合症状は抑えられる

統合失調症が治るということを「完全に何もしなくても妄想や幻覚を抱かなくなる」として捉えるなら、治るかどうかは残念ながら人それぞれであり、治る人もいれば、治らない人も居ます。
ただ、「幻覚や妄想によって問題行動をしなくなる」として捉えるなら、多くの場合において、適切に薬物治療を行えば、幻覚や妄想をおさえこんだり、おさえこみまでいかなくても、それによって他人や自分に危害を加えるような問題行動はしなくなります。
なお、統合失調症の場合は、カウンセリングではなく薬物治療こそが重要であるとされています。ただ、統合失調症の場合、特に急性期が再燃したりすると、自分が病気であるという意識がなくなる結果投薬を中断して、結果病気が悪化するということが多々あるため、周囲がきちんと、「薬を飲んでいるか」「症状が悪化していないか」などケアをすることも重要になります。

4. 京アニ事件の犯人って、統合失調症だからあんな事件を起こしたの?

Q. 京アニ事件の犯人って、統合失調症だからあんな事件を起こしたの?
A. 統合失調症が原因であんな事件を起こした可能性は、かなり低いよ。

京アニ事件の犯人について、事件発生当初は、精神障害と診断されていたことから、「精神障害が原因でああいう事件を起こしたんじゃないか」という憶測をされたことがありました。
しかしその後、精神鑑定においては下記で斎藤環氏が述べているように、「責任能力に問題なし」とされ、精神障害は犯行の主因ではないとされています。


一方で、以下のブコメにある通り、「犯人を罰したいから、本当は精神障害が原因なのにそうでないように捏造したんじゃないの?」という指摘もあります。
「物語」から疎外されるものについて(「ルックバック」の感想のような、そうでないような) - あままこのブログ

有罪にしたいがために無理やり責任能力アリにするのが定番化してる刑事事件の精神鑑定を根拠に精神科医がツイートしてんのか、これはもう救えんな。

2021/07/20 09:55
b.hatena.ne.jp
ただ、僕が思うに、報道で提示された事実を見る限り、少なくとも京アニ事件の犯人は「統合失調症だから事件を起こした」とは言えないと思います。
その根拠は、犯人の動機にあります。
www.asahi.com
京アニ事件において、犯人は「小説を盗まれたのでやった」というように、自らの動機を供述しています。
「自らの小説をパクられた」という事自体は、確かに被害妄想ですから、統合失調症が関係はしています。
しかし当たり前のことですが、もし仮に「小説をパクられた」ということが事実だとしても、それでパクった相手を放火によって殺していいなんてことには、ならないわけです。
統合失調症を原因とする、他人に危害を与える問題行動というものは確かにあります。しかしそれは、「相手が自分を病院に閉じ込めようとするから、それに抵抗した」とか「悪魔に体を乗っ取られて、体が勝手に攻撃していた」というように、妄想に基づく正当防衛だったり、また自分の意思に反する行動を自分の体が勝手に行ったことによるものな場合がほとんどなわけです。
今回の事件はそのような話ではありません。犯人は別に自分に直接危害が加えられるような妄想を抱いていたわけでもなければ、自分の意思がなかったわけでもない。「小説をパクられた」という恨みを晴らすために、放火したわけです。そこで事件の原因となったのは「恨みを晴らすためなら放火してもかまわない」という極めて歪んだ倫理観であって、それは統合失調症とは関係ない、個人の人格の歪みなのです。

5. 統合失調症の人って、犯罪を起こす率が高いの?

Q. 統合失調症の人って、犯罪を起こす率が平均より高いの?
A. 若干高い。けど殆どの統合失調症の人は犯罪を侵さない以上、それを理由に統合失調症を差別するのは間違ってるよ。

ただ、京アニ事件から離れて、統計データを見ると、残念ながら統合失調症の人が暴力犯罪を犯す率は平均より若干高いです。研究では、その差はおよそ4倍〜8倍程度と言われています。
ただ、そこで留意しなければならない点が2つあります。
まず1点目は、犯罪率の追い込まれる率が高いということは、むしろ彼らの幻覚や妄想の辛さを表しているということです。ほとんどの人は好んで暴力なんかふるいません。しかし、統合失調症の患者の立場に立って考えてみると、自分が体験している現実が他の人に全く受け入れられず、もっと言えば自分を脅迫してくるような声が常に聞こえ、そして自分をいたぶろうとする人間が、精神病院に自分を閉じ込めようとする。そのような彼らの恐怖を考えれば、「暴力を振るわざるを得ない」のはごく自然なわけです。
そして、重要な2点目、統合失調症の患者は、そのような辛い目にあっているにも関わらず、その殆どは他人に危害を加えずむしろおとなしくしているということです。統合失調症の患者は、その殆どが、すさまじい恐怖や不安をもたらす幻覚や妄想に遭遇しても、他人に危害を加えることなく、むしろ必死で入院・通院をしてそれら幻覚や妄想と立ち向かおうとしているのです。
「統計的に率が高い」という理由で、ある集団を差別するということは、専門用語で「統計的差別」と言われています。しかし、ごく少数の犯罪を侵す人たちを理由に、多数の何の罪もない統合失調症の人々を差別していいわけはないはずです。

6. 「ルックバック」の加害者像って、統合失調症をモデルにしてるの?

Q. 「ルックバック」の加害者像って、統合失調症をモデルにしてるの?
A. 描写を見る限り、モデルにしているし、統合失調症の症状が原因で犯罪を犯したように描いている

さて、ここまで統合失調症について基礎知識を学んだ上で、やっと「ルックバック」についての話に入ります。
先程述べたように、実際の京アニ事件においては、犯人の犯行動機を見る限り、統合失調症が原因でああいう事件をおこしたとはいえなさそうです。
では、その京アニ事件をモデルにした、「ルックバック」上での犯行の描写はどうでしょうか。
著作権の問題があるので画像は貼り付けませんが

  • 新聞の見出しに「大学内に飾られている絵画から自分を罵倒する声が聞かれた」と書かれている
  • 「男はこの時も被害妄想により自分を罵倒するという声が聞こえていたと供述」という新聞記事の文章とみられるものがインサート
  • 加害者は「ねえキミさお前っ オマエさあ」「オマエだろ馬鹿にしてんのか?あ?」「さっきからずっとウッセーんだよ!!ずっと!!」「うるせえええええ!」という言葉を発し、幻聴が聞こえているかのように描かれている
  • 「オイほらア!ちげーよ!!俺のだろ!?元々オレのをパクったんだったんだろ!?ほらな!!お前じゃんやっぱなぁ!?」という、解体症状のような支離滅裂な言動
  • 上記のような言葉を発しながらツルハシで攻撃

を見る限り、「パクったんだろ」という言葉で京アニ事件を想起させながら

  • 妄想
  • 幻覚
  • 解体症状

といった症状を犯人が現場で発症し、そしてそれが原因で凶行に及んでいるかのように描写されています。実際の京アニ事件では、「自分を罵倒するような声が聞こえた」という妄想・幻覚は別に報道されていないにもかかわらず。
ここまで描写されると、やはりどう考えても「ルックバック」は、京アニ事件を想起させるような描写をしながら、その加害者が統合失調症を犯行現場で発症し、それが原因で凶行に及んだと認識できる描き方をしていると言えると、思うわけです。

7. 「ルックバック」のマンガの描写は、「統合失調症の患者は犯罪者予備軍」という偏見を助長する?

Q. 「ルックバック」のマンガの描写は、「統合失調症の患者は犯罪者予備軍」という偏見を助長する?
A. 議論が分かれるところだけど、統合失調症への理解が足りない人にとってはそうなるかも

さて、では仮に「ルックバック」において、統合失調症が、殺人を起こした原因として描かれたとします。
しかしここで次のような主張もあるでしょう。
「例え『ルックバック』がそのような描写をしたとしても、それはあくまでフィクションの中の話であり、それが現実における統合失調症の患者への偏見を助長することにはならないんじゃないの?」と。
これは、なかなか難しい問題で、意見が分かれるでしょう。しかし僕は、偏見を助長する効果があることは否めないと考えます。
なぜなら、調べる前の自分も含めて、一般の人にとって「統合失調症」とは、自分の生活と関わらない遠くの存在であり、それ故知識もなく、結果としてフィクションにおける誤ったイメージへの免疫ができてないからです。
「ルックバック」の加害者は、統合失調症であるという属性以外に

  • 男性
  • 中年

といった属性も付与されています。しかしだからといって私たちは「男性は犯罪者予備軍!」「中年は犯罪者予備軍」といった偏見は抱きません。
なぜ偏見を抱かないかといったら、それは「男性」とか「中年」といった属性はごく身近に普通に存在するがゆえに、それらが別に「犯罪者予備軍」のような存在ではないと日常で体感しているからです。
ところが、統合失調症の患者というのは、日々暮らしていてもなかなか出会うことがない存在ですし、自分から調べようとしなければ知識もそんなにありません。つまり、統合失調症の患者とはどういう人なのか、多くの人にとってそのイメージは空っぽなのです。そして、空っぽのところに「統合失調症の患者ってこういう存在なんですよ」というイメージが与えられれば、多くの人はそれを信じてしまうのではないかと、僕は思うのです。
もちろん、「人々はそんなに馬鹿ではない」という反論もあるでしょう。そこでどれぐらい読者の読解力を信じるかは、人それぞれですが、すくなくとも僕の見解は、「人々は何も知らないことについては容易にイメージを受け入れてしまう」というものです。

8. 「統合失調症の患者は犯罪者予備軍」という偏見は何が悪いの?

Q. 「統合失調症の患者は犯罪者予備軍」という偏見は何が悪いの?
A. 実際に統合失調症の患者の治癒や社会復帰に悪影響を与えてるよ

例えば大阪池田小の事件では、犯人に精神疾患があるという報道が、多くの精神障害者の心身に悪影響を与えたという調査結果があります。
https://www.comhbo.net/wp-content/uploads/2016/07/review38_ikeda.pdf
そして特に統合失調症の場合、統合失調症という病気に負のスティグマ(烙印)を押されることは、次のような問題を引き起こします。

  • 統合失調症と診断されることへの拒否感から、治療を忌避するようになる

統合失調症という病気は、その本人や家族にとっては受け入れがたいことが多々あります。しかしその中でも多くの患者やその家族は、治療のためにその診断を受け入れているわけです。
しかしそこで「統合失調症は犯罪者予備軍」といった負のスティグマが強化されれば、患者や家族はより一層「自分は統合失調症なんかじゃない」と思いたがるでしょう。
ですが、そうやって診断を拒否すれと、適切な治療を受けられず、結果として症状はどんどん悪化していくのです。

  • 慢性期の患者の被害妄想を強化してしまう

統合失調症の患者は、慢性期においては往々に「自分が被害を受けているというのは、実は被害妄想なんじゃないか」というように、被害妄想を妄想として受け入れられるようになってきます。そしてそれは、症状の緩和は治癒のための重要なステップだったりするわけです。
ところが、そうやって治癒に進んでいる中で、「統合失調症は犯罪者予備軍」といった負のスティグマが社会で喧伝されると、それはまさしく「世界がお前を追い詰めようとしている」というような被害妄想を肯定してしまうのです。
そうすると、せっかく被害妄想を妄想として認められるようになったというのに、「やっぱり世界は私を追い詰めようとしている。これは妄想なんかじゃなかった!」というように、症状を緩和させ治癒に向かわせるステップを逆戻りさせてしまうのです

統合失調症の症状は、色々付随するものはありますが、主な症状は「幻覚」と「妄想」という心の症状です。
ところが、研究によると統合失調症の患者は、そうでない人に比べて10%〜20%平均寿命が低くなるということが分かっています。別に身体の方に何か疾患を抱えているわけではないのに、一体なぜそうなるか。
原因はさまざまですが、その理由の一つが、自殺です。統合失調症の人における自殺と聞くと、「幻聴が『死ね、死ね』と言ってくる」というようなことを想像するかもしれません。ただ、そういった自殺もあるのですが、そうでなく「仕事が見つからない」とか「お金がない」とか「孤独感」といった、普通の人が自殺するような理由も数多くあるのです。
そして、そういった自殺の原因となるのが、統合失調症への偏見による、社会復帰の難しさだったりするのです。統合失調症であるがゆえに仕事もできず、地域でも疎まれ、家や病院・施設に閉じこもってばかりいたら、統合失調症の症状とか関係なく普通に抑うつ状態になってしまうわけですから。
統合失調症とは、それ単体でももちろん辛い病気です。しかしそれを更に患者や家族に辛いものとしているのは、他ならぬ私たちが持つ、統合失調症への偏見なのです。

まとめ

以上が、「ルックバック」における統合失調症描写について考える時に、最低限持っておいたほうが良いんじゃないかと考える基礎知識です。
もちろん、以上のような知識を全然持たずに「ルックバック面白いー」と思うのは全く自由ですし、その感想を素朴に呟くのも自由だと思います。
ただ、作品に対して懸念を持っている人は、別にただ根拠もなくルックバックを逆張りで叩きたいから叩いているのではなく、以上のような知識を元に作品の描写を懸念していることをしておいてほしいのです。もちろん知った上で「うるせーそんなこと気にしてられるか」と言うのも、また自由なわけですが。
次回の記事では、以上のような基礎知識を元に、より深く「ルックバック」の統合失調症描写を考えてみたいと思います。

参考文献

統合失調症について精神科医の方が客観的にまとめた新書。こんかいの記事で統合失調症について解説している部分は、ほぼこの本の丸パクリです。
統合失調症については、それこそ記事で取り上げた「妄想」の定義を含め、専門家でも意見が分かれる部分は多々あるのですが、この本は「学界でだいたい了解を得ている定説」「一部の人々の主張」「著者の考え」をきちんと切り分けて説明していて、とても良い入門用新書だと思うので、統合失調症についてより知りたい方は、ぜひおすすめです。上記の本が精神科医によって客観的に統合失調症について解説されている本だったのに対し、この本は、統合失調症の当事者が、主観的に自らの体験を振り返って記述する本です。
当事者が自ら語るが故に、上記の新書で概念として説明されたことを、患者は具体的にどのように体験しているのかが分かり、また、統合失調症という病気の苦しさを、ほんの少しですが体験できる、そんな本になっています。であるがゆえに、読むのはとても苦しい本でもあるのですが、統合失調症という病気をシンに理解するためには、絶対に読むべき本だと思います。
そして、特にこの記事に関連して強調したいのが、この本の著者は、アニメーターとしてアニメ制作に携わり、これから飛躍していくその矢先で統合失調症を発症し、その夢を断念せざるをえなくなったということです。
今回の「ルックバック」と統合失調症描写についての議論では、まるで「天才クリエイターたち」と「統合失調症の患者」が対立するような構造を描く人が、はてブや匿名ダイアリーを中心に多く居ます。しかしこの著者は、その2つの側面をともに持っているわけです。
対立構造を捏造して、統合失調症の人たちを叩くことでクリエイターの味方を気取っている多くの人は、これを読んで、反省すべきでしょう。

*1:例えば、脳に損傷を受けたとか、薬物の影響などで幻覚や妄想を覚えても、それは統合失調症ではないということです